2005年03月09日
決勝戦 羽黒対酒田南
【野球留学〜羽黒高校甲子園初出場物語 第1章】第2回
今年も去年と同じカードになった。
去年と違うのは、新チームになって初めての戦い、
つまり、昨年の決勝戦以来の戦いである。
昨年のチームは1年間で5回の決勝戦を酒田南と戦った。
県の私学大会、秋の県大会、春の県大会、春の東北大会、夏の選手権の5回だ。
最初の2回は勝って優勝したものの、後の3回は負けて準優勝になった。
昨年のチームは自信があった。
エースの吉村(現白鴎大)を中心に森元、カルデーラも控え投手力は万全であった。
打線も茅野(現三菱ふそう川崎)を中心に破壊力のある強力打線であった。
対する酒田南も小林投手を中心に完成度の高いチームだった。
夏の準決勝を互いにコールドで勝ち進むほど、この2校の他校との差は歴然としていた。
また、春の東北大会の決勝を山形県の2校で戦った翌日は、山形新聞の1面に掲載された。
これまで、東北対仙台育英という宮城2校の決勝はあっても
山形2校の決勝戦など考えられなかった。
レベルの高くない東北地区の中で、
さらにレベルの低いのが山形県というのがもっぱらの評判であった。
だからこそ、この出来事は山形県民の大きな話題となったのである。
山形県は高校野球に関して、深いコンプレックスを感じている。
全国で唯一ベスト8に入っていない県である。
おそらく他県の人は誰も気にしていないこの事実を、山形県民はことあるごとに持ち出す。
それにはあの暗い過去が関係している。
1985年夏の選手権、山形代表東海大山形高校は、
初戦にPL学園と対戦し、29点取られて大敗した。
しかも、マウンドに清原が立ったという屈辱の試合である。
私たちはもう忘れかけているが、彼らは忘れたくても忘れられないのである。
今年も去年と同じカードになった。
去年と違うのは、新チームになって初めての戦い、
つまり、昨年の決勝戦以来の戦いである。
昨年のチームは1年間で5回の決勝戦を酒田南と戦った。
県の私学大会、秋の県大会、春の県大会、春の東北大会、夏の選手権の5回だ。
最初の2回は勝って優勝したものの、後の3回は負けて準優勝になった。
昨年のチームは自信があった。
エースの吉村(現白鴎大)を中心に森元、カルデーラも控え投手力は万全であった。
打線も茅野(現三菱ふそう川崎)を中心に破壊力のある強力打線であった。
対する酒田南も小林投手を中心に完成度の高いチームだった。
夏の準決勝を互いにコールドで勝ち進むほど、この2校の他校との差は歴然としていた。
また、春の東北大会の決勝を山形県の2校で戦った翌日は、山形新聞の1面に掲載された。
これまで、東北対仙台育英という宮城2校の決勝はあっても
山形2校の決勝戦など考えられなかった。
レベルの高くない東北地区の中で、
さらにレベルの低いのが山形県というのがもっぱらの評判であった。
だからこそ、この出来事は山形県民の大きな話題となったのである。
山形県は高校野球に関して、深いコンプレックスを感じている。
全国で唯一ベスト8に入っていない県である。
おそらく他県の人は誰も気にしていないこの事実を、山形県民はことあるごとに持ち出す。
それにはあの暗い過去が関係している。
1985年夏の選手権、山形代表東海大山形高校は、
初戦にPL学園と対戦し、29点取られて大敗した。
しかも、マウンドに清原が立ったという屈辱の試合である。
私たちはもう忘れかけているが、彼らは忘れたくても忘れられないのである。

