2005年10月31日

そもそもどうして羽黒へ 1

【野球留学〜羽黒高校甲子園初出場物語 第1章】第3回

「そもそもどうして羽黒へ?」

いつも聞かれる質問である。
1997年12月の初旬だったと思う。
当時の私は「湘南クラブ」という名の学習塾とスポーツクラブを経営していた。
その事務所の電話が鳴った。
受話器の向こうで山形なまりのきつい、大きな声で何か一生懸命話している。 
現羽黒学園理事長、金野信勇(当時事務局長)からであった。
本当に理解不能な言葉だった。同じ日本語とは到底思えない。
半分も理解できなかった。

いきなり、野球部の監督をやってほしいという話のようで、
しかも、明日藤沢に来るというのだ。
当時の事務所は小田急線の善行駅が最寄だったが、
山形人に乗り換えの説明をするのが面倒になり、
JR藤沢駅まで迎えに行くと約束した。

到着の時間も言わずに切られたので、本当に来るのか確信がもてず、
仕方なく、翌日は早めの時間に事務所に入り待っていた

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この記事へのコメント

1. Posted by 桃太郎    2005年10月31日 22:06
今は、方言なまり、流行です。!
2. Posted by 秋田    2005年11月01日 10:39
秋田と山形のなまりは一味違うんですよ。

同じ東北出身として言わせていただきました。これからも頑張って下さい。
3. Posted by イチロー    2005年11月02日 01:58
怒られるかもしれませんが、
一番なまってると感じたのは福島県です。
あのイントネーションはちょっと受け入れがたいような・・・

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