2005年11月02日

そもそもどうして羽黒へ 2

【野球留学〜羽黒高校甲子園初出場物語 第1章】第4回

これは後に判ったことなのだが、
東大の野球部がその数年前から羽黒町の隣町である鶴岡市で夏のキャンプを張り、
地元の野球連盟と厚い交流があったのだ。
何分経済的な余裕のない大学野球部にとって、
格安で物心ともに至れり尽くせりの歓迎振りだったそうだ。

東大の野球部という弱小チームであっても、
一応東京6大学に所属する全国区の野球部ということで、
山形の片田舎の町にとってみれば、十分に刺激的な交流と感じていてくれていたようだ。

当時の羽黒高校は野球部に力を入れながらも、
なかなか甲子園に出場できず(決勝で3回も負けている)、
いよいよ中央から監督を招聘しなければダメだという学校経営者たちの意向で、
金野が鶴岡野球連盟の会長Sに相談したのだ。
Sは東大監督の三角裕に話を持ちかけ、そうして私の話になったのだ。

野球に関する様々なご相談にお答えします。
こちらからどうぞ!



トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by ラピュタ之介    2005年11月02日 01:40
はじめまして、私は会津でソフトボールスポ少の監督をしています。
今回SHIMAさんのブログから、ここを知り、12/11の講演会にも出席させていただきます。
一昔前、山形は、日大山形、東海大山形が甲子園の常連だった時代がありました。そして、近年、羽黒高校の名前をよくきくにあたり、なぜ、そんなに強くなったのだろうと疑問に思いました。このブログ(まだ全部呼んでいませんが)や、クローズアップ現代をみて、一側面しかみていませんが、少しわかったような気がします。明確な目標をもち、型にとらわれず、熱意をもった人たちが動いた結果なのですね。峠ひとつ隔てた山形県がうらやましいと思いつつ、私はできるところからやっていこうと意識しています。何十年も会津から甲子園へはいっていない。それを望んでいる人はたくさんいます。どうすればいいか、どうすれば具現化できるか?今考えているところです。今後とも参考にさせていただきます。
2. Posted by イチロー    2005年11月02日 01:54
ありがとうございます。
会津高校とは練習試合をやりましたね。
福島には野球留学を進めている私学がないですよね。
3. Posted by Dadacha    2005年12月06日 23:55
すみません、11月2日の日記に今からコメントを入れても気づいて
いただけないのかもしれませんが、他にメッセージの送り方がわか
りませんのでこちらで失礼します。

鶴岡野球連盟の方だけSとイニシャル表記になっていますが、何故
でしょうか。
コメントしにくいようでしたら結構です。
4. Posted by 塚田みず紀    2006年07月28日 18:39
私は、大阪府に住む中学3年のソフトボール部のセンターをしています。
今年の、春の高校野球をみに行ったら、選手たちの、とっても
熱い気持ちに、私も心が熱くなりました。
私は、秋田商業を応援していたのですが、PL学園に負けてしまい
とっても、悲しかったです。
それで、色々なホームページをみていたら、
羽黒の、ピッチャーが泣きそうな所を、
慰めに行く、キャッチャーの写真を見た瞬間
羽黒を、応援したくなりました。
だから、羽黒これからも頑張って下さい。
ずっと応援しています。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔