2005年11月06日

そもそもどうして羽黒へ 4

【野球留学〜羽黒高校甲子園初出場物語 第1章】第6回

湘南クラブの創立から8年がたち、
学習塾とスポーツクラブを融合させたビジネスモデルが成功し、
藤沢の静かな住宅街に家を新築したばかりであった。
年齢も35歳になり、そろそろ野球もやめて次のビジネスを始めようと
思案していた時期でもあった。
そんな時、忘れかけていた甲子園への想いに火をつける、
甘い誘いをかけられてしまったのだ。

ただ、このオファーを受けるにしても、
最低1年の猶予が必要であると考えるくらいの常識は持っていた。
湘南クラブで70名以上の中学生をすでに預かっているのである。
彼らが卒業するまでは責任を持つべきである。
彼らを捨てて勝手に山形に行くことなど許されるはずもない。
そんなことをしたら、今後この地で生きていくことがつらいことになるだろう。

しかし、新築の家に3ヶ月も住まないうちに、
自分の家族や預かっていた中学生たちを残して山形に行くことになるのである。

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